Oxfordで、GLP-1を研究していた糖尿病専門医が、肥満治療を考えます。

昔は日本人も肉食だった説は本当か?

糖質制限系の論者がよく使う論理で、「人間は、何万年も肉食だったのだから、肉が主食であるほうが自然」というのがありますが、これには全く根拠がありません。

たしかに、農耕以前の時代は、狩猟採集するしかないわけですが、動物の肉など、そう簡単に手に入るものではなかったはずです。

常識的に考えれば、果物、芋、木の実などを中心にするしかないでしょう。

 

以下、http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140829/413345/?P=3 より引用

これについては東京大学教授の米田穣さんたちが、人骨に含まれる炭素と窒素の安定同位体比から、縄文人がどのような食物からタンパク質を摂っていたか(タンパク質依存率)を遺跡ごとに割り出している。たとえば、北海道の遺跡ではオットセイやイルカなど海獣類や魚介類へのタンパク質依存率が極めて高いので、植物に含まれるタンパク質の割合が動物に比べて遙かに低いことを考慮しても、タンパク質だけでなく摂取カロリーも動物の肉に多くを依存していたことがわかる。それ以外の地域では、動物へのタンパク質依存が半分以下なので、摂取カロリーに関しては植物への依存率が圧倒的に高く、肉への依存率は低かった。一般にはイモや堅果類に大きく依存し、それに加えて、内陸部ではシカやイノシシなどの陸獣、海岸部では魚介類を食べていたらしい。つまり、北海道以外は決して動物性食品が中心ではなかった。

縄文人の食事は想像以上にバラエティに富んでいた。そして、この食生活の構成は弥生時代に入っても変わっていないと馬場さんは言う。なんと、弥生時代といえば大陸から稲作が伝わり、米ばかりを食べるような生活に変化していったのだと思っていたが……。

「一般的には、そう思っている人たちが多いようですね。炭水化物源の多くがイモや堅果類から米になったのは確かです。だからといって、魚介や肉を食べなくなったわけではなく、地域で得られるものを中心にした食生活を送っていたのは縄文時代と同じです。しかも、稲作をしていたのは本土だけで、北海道は寒冷で米が作れなかったし、沖縄を含む南西諸島では珊瑚礁の魚介が豊富で、また低湿地の平野が少なかったため、稲作が普及しませんでした。これらも米田さんたちの研究で判明していることです」

引用ここまで。

タンパク依存率は、放射性同位体などによる強い根拠があり、縄文人=肉食というのは、完全なファンタジーということがわかります。

いずれにしても、特に日本人の体は、毎日、毎食のように肉を食べる生活には、ごく稀な例外を除いて適応できません。

かといって、完全菜食は同じくらいオススメできないのですが、規模が大きく、観察時間の長い研究では、いずれも動物性タンパクは減らしたほうが良いという結果ですので、毎日肉を食べている人は、肉を食べない日をつくったほうが良いと思います。

 

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重藤誠 by
しげとう・まこと●医学博士。日本内科学会認定内科医、日本糖尿病学会認定糖尿病専門医。亀田総合病院、オックスフォード大学正研究員などを経て、2016年9月に開院。GLP-1に関する論文が国際科学雑誌に掲載されるなど、業績多数。国立滋賀医科大学の客員講師も務めている。

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